思うこと。

日々思うことを思うままに話したい。

心うごく日

朝からうれしいことがあって(それについてはまたいつか)、それは静かにうれしいようなことだと思っていたのだけど、朝ごはんを食べていたら胸が詰まって来て、あら、どしたんだろう?と思ったら、うれしいを通り越して胸がいっぱいになっていることに気が付いた。そんなに?って自分でも意外なくらい、わたしの表面じゃない所が歓喜していた。気付かずにいた自分の願いを叶えた、のだろう。

その余韻で今日はずっと気持ちがぽっぽっしていた。ぽっぽっ。気持ち、のまわりにハートが飛ぶようなそんな感じ、笑。暑かったから短くはあったけれど犬と散歩にも行き、散歩中にはまた見知らぬ人に話しかけてもらい、きれいなお昼ごはんを作ってゆっくり食べ、なんだかんだと、ぽっぽっしたままいい日を過ごしてた。

そして夜、犬がいつもと違う感じのけいれんを起こし、これは家族に連絡した方がいいことなのかもしれない、と考えながら様子を見ていたのだけど、気が付くと小一時間も経っていて、きっとずいぶん緊張して見守っていたのだろうと思う。しばらくして、いつものてんかん発作の後のような状態になって、そこからはいつも通りでほっとした。ほっとしたら、心の底から大きな波が湧き上がってきた。なんだろうね、どんな気持ちとは言い難い、って言ってしまうと簡単だけど、安心したからこその苛立ち、どれだけこれを繰り返すのだろうという不安、そして多分、ほんとはとても辛いのだろう、発作を見守るのも、いつ発作が起きるか分からず24時間365日気を張り続けていることも。そういう波。

ぽっぽっ、して、大きな波が湧き上がって。別に何というほどのこともない、普通の日曜日だったのに、こんなにも心は動くんだなと感心する。あっちに振れ、こっちに振れ。この動きを楽しむことが生きることなのだとすれば、何でもない今日の日は、ずいぶんいきいきと生きた日ということになるのだろう。どっちに振れるからいいとか、よくないとか、そういうことでは全くなくて、ただ振れることが生きることなのだという、そういうことだと思う。

メルカリビギナー

ここの所、全然やる気も元気も出なくて、出ないと言うかそもそもなくて、おーいどこ行ったんだーい?と探すも声も聞こえず、という感じで。板こんにゃくを立てようとしてもきっとふにゃんと崩れ落ちるであろうみたいに、自分が板こんにゃくになってるような気分だった。

だけども何かはしないと、ほんとに虚ろになってしまうよ?と思い、おとなの塗り絵をすることにしたのだけど、この話はまた別の時に。

そんなやる気も元気もないのだけど、購買意欲だけはあって笑、諸般の事情で枕を買うことにして、でもなかなか合う枕がないわたしは、もしかしたらこれもだめかも?まあその場合はメルカリで売るか、なんて軽い気持ちで、だめかもと言いつつ、大丈夫だろうと根拠なき自信を持って枕を買った。ら、だめだった、笑。即決でだめだった。枕の届いた次の日、お昼間に何とも言えないしんどさで少し寝ることにして、そうだあの枕!と使ってみたのだけど、1時間寝て、寝たのだけどね、枕はだめだと分かった。きっと枕はわるくない、何も。

え、じゃあほんとにメルカリじゃないか。あら。だって何千円もしたのに1時間で却下となったら、誰かに受け継いでもらうしかないじゃないか。って買ってもらうのだけど。

と言う訳で、メルカリのアプリを取り、登録し、枕の写真を撮り、出品した。ら、すぐに購入してくださる方が現れた。わたしはと言えば、えっと、どこからありがとうございますってコメント返すんだろう?どこをポチ?ここ?違う?え、どこ行った?とあたふたしてる間に、その方は購入手続きをしてくださり、やっと返信する所を見つけて、ビギナーなもので不慣れですみませんと書くと、全然大丈夫ですよ、すぐ慣れますよ、って返信してくださって。ちょこっとやり取りするコメントがとても優しくて、わたしもメルカリできるかも、とちょっとうれしくなった。

この際だから前々から気がかりにしていたほかのものも出品し、自分も何かお買い物がしてみたくなってあれこれ探し、ティーカップかな、ティーポットかな、小鉢かな、ってあれこれ見まくり、真夜中に憧れていたティーポットを見つけた。そのポットの購入に際しても、出品してる方と二言三言やり取りし、また優しい温かい言葉をかけてもらった。

その後別のものを購入してくださった方も、まだ勝手が分からず不慣れで、って言うと、JOYさんのやり方でいいんですよ、って。そんな優しいことメルカリして言ってもらえるなんて知らなかったわ。みんななんて優しいのだろう。もちろんその場限りだし、だから何、と言うことはない間柄で、だけどその時に優しい気持ちと言葉をかけるって、なんて温かいことなんだろう。

色んな人がいるのであろうことは分かるけど、わたしが知っているのは、わたしが知っていることだけだ。だから、わたしにとってはメルカリはとても優しくて温かい。

何しろ初めてのことだから、緊張するしドキドキするし、同時にわくわくするしで、ここの所ずっと不在だった元気が、戻りました〜と言って素知らぬ顔で席に着いた、と言う感じがする、笑。おかえり。これがほんものの元気でなくても、こうやってちょっとしたことをやってみて、ちょっとかけてもらう言葉でうれしくなって、ほんわかして、そんなふうにじんわり温かくやって行ければいいのだと思う。

メルカリビギナーあるあるだと思うけれど、何か出品できるものないかなって、つい家中を見回してしまってる。

⑧東京

さすがに東京は何度も行ってるけれど、しょっちゅう行く、ほどは行ってない。

東京を目的地として行った、のは、数えられる程度だろう。

最初は、新卒で就職した金融機関の研修だったと思う。2週間ほどホテルに泊まって研修に通ったはずだ。まず印象的だったのは、東京は関西よりずいぶん寒かったこと!もう何十年も前の話だから、今は違うかもしれないけれど。そしてその寒さのせいか、東京ではたいていの人が気温に合った服を着ていて、4月だと言うのに、暖かそうなコートを当たり前みたいに着てる人が多くてびっくりした。大阪だと、4月になれば冬物は着られなくて、さむっ!て思いながら春物を着ていたけれど。当時は。この件に関しては、気温に合ったものを着ていて、え?てならないのはいいなあーと思ったし、実際今は、みんなけっこう気温に合う服装を自由にしてて、ほっとする。

そして、これも昔だからの話だけれど、研修中、何かをちょっと話すと、わあ、ほんとに関西弁話すんだね、漫才聞いてるみたいだねーって、いちいち目を輝かせておもしろがられた、笑。イマドキはもう、さすがにそんなことはないだろう。

そしてとにかく地下鉄?電車?全部分からなかった!笑。あまりにも分からなかった、笑。改札口を探して地下道を歩いていたら、次の駅に到着したことが何度もあった。これは個人的な問題かな、方向音痴というやつ、笑。そこで働いていた4年間に、その後も何度か研修という名で東京に行った。

次と言えば、夫の友達の結婚式とか、夫の姉の結婚式とか、そういうので数回。いやそれらは横浜あたりだったかな。

子どもが生まれてからは、とんと行くこともなく月日は過ぎ、次に行ったのは10年後くらい。友達に会いに行った。その友達というのが、大好きなミュージシャンのファンサイトで知り合った友達で、全然タイプは違うのにとてもとても近しく感じる不思議な繋がりの友達だった。SNSを通じてほんとの友達になると言うのが、今は珍しくないと思うけど、そういうののハシリ、笑。小学生の子ども2人を夫に託し、何度か遊びに行った。何年かして、友達が引っ越してからは、その子が何度か遊びに来てくれた。

その後、よく覚えているのは、ミュージカル俳優たちのライブを見に武道館に行ったこと。私は体調があまり良くなくて、とても暑い日で(2016年7月7日だったと思う) 武道館に辿り着いた頃には倒れそうだったけれど、一緒に行った娘に心配をかけたくなくて、ものすごくがんばった。当時はわが家はみんな大変な頃だったのだけど、特に娘は自分も辛い中で私を支え続けてくれていて、そのライブ自体も、私に楽しいことをさせるためにチケットを取って、新幹線を予約して連れて行ってくれたものだった。ふらふらで座る武道館の座席は、前に転がり落ちそうな気がしたけれど、なんとかぶじにライブは楽しんだし、帰りには憧れていたシナボンを買うこともできた。当時は大阪にはまだなくて。ちなみに今は大阪にもあるらしい。

そういえばもう一度ミュージカルを見に東京に行った。前回のライブにも出ていたラミンカリムルー主演のミュージカル。あれは多分2018年の6月あたり。前回もだけれど、家に犬を待たせているからとにかく早く帰らなければならなくて、この時も私はミュージカルが終わるとすぐに帰ったと思う。その後友達と会う約束をしていた娘は、その時間までをどうしようかと言って、あ、弟が今東京にいるじゃないか、と思い出し、呼び出したらしい。息子が東京にいることを100%失念していた母は私です、笑。東京だと、来日公演が珍しくないと知って、ずいぶんうらやましかったなあ。その後大阪でも同じようなライブやミュージカルにも行ったけれど、機会はとても限られている。やっぱり東京なのかしらね。

主だった東京行きはそんなところかな。東京に行っても、東京、自体を楽しんだことはない。何か目的があって、その目的の所在地が東京だった、という感じ。

あ、もう一度行った。2018年の3月。秋田に卒業式に行き、行きは大阪から飛行機だったのだけど、帰りはぐるりと新幹線で帰ることにして、東京で友達と会った。友達たちはそれぞれ埼玉と横浜から東京に来てくれて。この友達たちは、お料理関係のSNSで知り合った友達。私は元々とても友達が少ないのだけど、おとなになってからできた友達は、もっぱらSNS関係だ。今では、SNSで知り合った友達の方がたくさんいると思う、元々の数が少ないから、笑。合わせると10人くらい。その中の1人に会いに宮崎に行った話は、また宮崎の回の時に。

歌い、踊り、持ち直す。

何となく朝からテンション低めの日ではあったのだけど、夕方急に頭いたっ!と思うくらいの頭痛と、それと共にそこはかとない しんど…という感覚がやって来た。えーそんな急にやって来るかい?というくらい急に、笑。なんなんだろうなあ、どうするかなあ、と思っていたら、気が付くと、蒸し暑く晴れていた外が暗くなっていて、突然雨が降り出した。それもえらく勢いよく。時に雷を伴いながら。

あー雨か。仕方ないねえ、とあきらめる。低気圧で頭痛がするとか、雨だから気分が良くないとか、自分には無縁なことだと思っていたけれど、ここ数年はすっかり馴染みのある事象になってしまってる。お気に入りのイブを飲み(イブを飲むと、安心からか気持ちも落ち着く気がする)何なら雨と一緒に排水溝に流れて行きそうなテンションを持ち上げるために、爆音で音楽をかけることにする。時々してしまう、テンションの持ち直し方。

今日は山下達郎のベストアルバム的なものにする。Bluetoothでオーディオに飛ばして、リビングの、あっちからもこっちからも音が響くスピーカーから流す。音楽はスピーカーで聞きたい派。iPhoneから流れる音は金属の音がして苦手。幸い雨だから外もうるさくて、私が爆音で音楽をかけて、一緒に歌ったとしても外には聞こえないだろう。途中で雨は上がり、最終的にはどうだったかはわからないけれど、雨の上がった頃にはそんなことどうでもよくなっていて、気にしない、笑。

うろうろする犬に当たらないよう気を付けつつ、踊る。踊ると言ったって、踊れる訳じゃないから、踊ってるとは言い難いかもしれないけれど、一応は踊る、笑。歌って踊る。30年近くも前のアルバムで、何度も何度も聞いているから当たり前だけど、歌詞も知ってて歌えることにちょっと驚いてうれしい。聞いてもこんなに歌ったことはなかったのだけどね。次の歌詞、と思っても分からないのに歌ってると不思議と次が出てくるのがおもしろい。そして踊る。

雨はすっかり上がり、外はまた明るくなり、頭痛はおさまり(薬が効いた)、テンションは排水溝に流れては行かず持ち直した。うろうろしていた犬は寝た。

途中大好きな思い出の歌が何曲かあり、歌いながら泣いた。泣いたけど歌った。歌ったし、踊るような歌じゃないけど踊った。あほなことしてるなあって、呆れて笑ってくれてるといいなと思う、今はここにいない大切な人が。ほら、こんなふうにして私はちゃんとやってるよ、いや、ちゃんとかどうかはかなり疑問だけどね、笑。

歌い、踊り、持ち直した。それがむりくりでもね。

いいこと、をした訳ではない。

こないだ、迷子になった観光客を助けた話を書いたけど、その話を聞いた人が、徳を積んだねと言った。あえて違うと言う場面でもなく笑って済ませたけれど、決して徳を積んではいない。いいこと、をした訳ではない。あれは、ただ、自分がうれしかった話、なのだ。

困っている人がいて、自分が助けられることならする、手伝えることをする、それは手伝った自分もうれしいことであって、その人のために何かをしてあげた、ようなものではないと私は思ってる。

徳を積む、などという境地は、自分が犠牲になってでも、くらいのことなのじゃないかしら。そして私は、犠牲になってでも、なんて普通はしなくていいとも思ってるし、徳を積むべきとも思っていない。徳なんてそんな簡単に積めないと思う、笑。

困ってる状況を見たら、できることをするのはものすごく自然なことだし、誰かがそれで喜んでいたらとてもうれしいことだし、助けることができた自分を誇らしく思うし、そういうふわっとした、うれしくて楽しい、ちょっとしたことをちょこちょこたくさんできたら、人生は楽しいと思う。ただそれだけのことだ。

優しい人にはなりたいけれど、いい人になりたいとは思っていない。いい人ってなんなのか、そもそも分からないけれど。

余談かもしれないけど、私はよく道を尋ねられる。観光地に住んでいるからと言うのもあるけれど、たとえばダイソーのようなお店の中でさえ、◯◯はどこにありますかと尋ねられたことは一度や二度ではない、笑。昔々、道を尋ねられるのは、自分が人生に迷っているからだ、なんて言われたことがあるけれど(どんな理屈?笑)その真偽はともかくとして、尋ねられることはうれしいことだ、私には。この人に尋ねようと思ってもらえるのは、うれしいことだ。話しかけやすそうな、教えてくれそうな様子をしてると言うことでしょう、ありがたいこと。そういう自分でいたいと、いつも思ってる。

迷子(おとな)を助けた話

とてもとても観光地な所に住んでいる。だからコロナ騒動直前は、地元はアジアからの観光客でごった返していた。すごかった。多分ここに住んでる人より中国人観光客の方が昼間の人数は多かったと思う。この3年間すっかり静かだった観光地にもこの春から観光客が戻って来た。今はアジアからよりも、ヨーロッパ、アメリカからの観光客が多い気がする。さてそんな観光地での話。

いつものように、観光人気スポットの裏道を私は散歩していた、犬をカートに乗せて。(これにはこれで事情があるのだがそれはまたいつか)密かに穴場と呼んでいる所でひと休みしてお茶を飲んで、さて帰ろうかと歩き出した所で、困り果てた顔で電話している人とふと目が合い、Excuse me と話しかけられた。何だかんだやり取りして、その人はツアーからはぐれてしまったことが判明し、その電話の相手はツアーのガイド(日本人)で、どうしたらいいか話をつけてほしい、ということだった。ええ、ええ、話してみますよ。

私に話しかけた人も相当困っていたと思うけれど、ガイドさんも相当困っていたようで、今考えたら見ず知らずの私に、たいして詫びることもなく笑、どうしたものかと相談して来た、って冷静に考えるとかなりおもしろい。私を信用してくれてありがとう、笑。聞いてみると、ツアーの人々はその場所から1キロ程離れた場所にいると言う。え!なんでそんなことになったの?笑。

その人迷子になってるんですよ、ってガイド氏は困ったように私に言ってたけれど、いやいやあなたが引率しなきゃだったのですよね、本来は?笑。ここまで来てもらうのはその人には無理だなあ、そこからなら春日大社の方が近いかなあ、どうしようかなあ、とガイド氏は電話口で迷っている。ツアーの一行は次は春日大社に行く予定なのかと確認すると、そうだと言う。それならば、南大門で待ち合わせれば、時間的にも地理的にもあまりムダがないのでは?と提案、近くまでは案内できるからと言うと、じゃあ南大門で待ってます!と言って約束を終えようとするガイド氏。待って待って。南大門のどちら側がいいですか?南側と伝えましょうか?と聞くと、南北は分からないと言う。なるほど。ガイド氏よ、もうちょっとだけがんばろう、うん!説明して、南側でと約束をして電話を終了。待ち合わせ場所を決めたから近くまで送って行きますねと言う旨伝えて、歩き出す私たち。迷子(おとな)、私、犬。

お決まりのどこから来ましたか?を尋ねると、カナダかららしい。カナダから来たら日本はずいぶん蒸し暑いでしょ?大丈夫?日本でほかの所にも行った?東京に3日ほどいて、それからこっちに来て、この後は広島に行く。あなたの赤ちゃん何ヶ月?え?あ、これはオールドレイディドッグで16歳だからもう85歳とかかなー。あー犬って1年で七歳分って言うよねーなどなどの旨をぽつぽつおしゃべりしながら歩く。それにしてもなぜこの人は迷子になったのか?と思いながら、ツアーは何人くらいいるの?と聞くと22人らしい。大半がアメリカ人でカナダ人も数人いるよーとな。で、どうしてあなたは1人で迷子になったのだろう…?いやこれは聞けなかったけど。聞いてもわからないわね、なりたくてなってないのだし。途中、東大寺大仏殿を通りかかり、ここ行った?って聞くと、うーん多分、て中学生みたいな答えが返って来て笑う。あーお寺ってみんな一緒に見えるよね?って言うと、そうそう、みんな同じだから違いがわからない、と正直な感想にまた内心笑う。お寺はお寺よねー特に西洋から来たら、日本てお寺ばっかり、どこ行っても同じって思わないかなーと私はいつも案じてるよ、ほんとに。

そうこうしてたら目の前に南大門が見えて来て、ちょっと階段があるから上って、門を超えてまた階段を降りた所でガイド氏と会えるから、そこで待っててね!って念を押してさよならした。後も見ず去っていく迷子(おとな)に、have a good day と声をかけると、振り返ってthank you for your help と言ってくれた。どういたしまして。ほんとに、どういたしまして。分かりやすく誰かの助けになることができて、とてもうれしかった。

ガイド氏に引き渡す所まではしない。迷子さんもおとなだしね。そこまで来れば人もたくさんいるから、英語を話す人も他にもいっぱいいるし、何ならほかのツアーガイドさんもいるし、もう困らないだろう。多分、少ししたらガイド氏もやって来て、勝手にどっか行っちゃダメですよ!いやあんたこそ放って行かんといてよ!って感じだったかもしれない。そしてお寺と神社て何が違うんやろ?と思いながら、昨日も似たのを見たような見てないような?と思いながら観光したのだろう。もう迷子にならないでね〜

⑦山梨

いつもなら信州の帰りは西方向に走るのだけど、その年はワイナリーに寄ろうと嬬恋あたりを抜けて山梨に行った。3カ所ほど回ったと思うが、どこも意外なほど町中にあった。思うより低い葡萄の木、ひんやりした建物、案内してもらった記憶はないけれどどうだっただろう。何本か買って帰ったから試飲もしたのだと思う、私が。ひとりで。夫はドライバーだから。

と書いていたら、サントリー白州蒸溜所にも行ったことを思い出した。ググると現在は工場見学はお休みらしいが、その時は当日訪れて順番に受け付けてもらい、見学ができた。工場の敷地内が森のようで空気が緑濃かった。そしてウイスキーを試飲した、私が。ひとりで。夫は首からドライバーのカードを提げて南アルプスの天然水などを飲んでいたと思う。ごめんよ、笑。白州の年数違いのものを飲み比べして、20年だか25年だかのものが、ほんとうにほんとうにおいしかったのを覚えている。その後売店でさすがにそれは高価過ぎて買えず、でもせめてもと12年あたりを買って帰ったはずだ。

そうそう、ワイナリー。ワインも数本買った。こんな風味、こんな味わいと夫に説明をして、お互いに気に入りそうなものを数本選んだと思う。ワインにウイスキーに、ずいぶんと買い込んだ夏の旅行だった。

ワインにもウイスキーにも関係ないけれど、確かその時に泊まったペンションで(ペンションは長野)桜の枝のカトラリーレストが使われていて、これ素敵と言ったら、桜の枝を切って磨けば作れると教えてもらって、ペンションの近くの道で枝を拾って帰り、家で磨いてカトラリーレストを作った。おとなの夏休みの工作、笑。それは今も持っていて、たまに使う。